松に鶴
五月
それは菖蒲の季節
藤の季節から
静かに変わる
それは
まるで
恋の行方のように
そう
まるで
こいこいのゆくえのように
というわけで、花札をやろうとしております。しかしまだ全然ルールがわかっておりません。
早く役を覚えなくては…。
そんな空き缶日和。
先日までの3連休、S嬢が徳島に来ておりました。仕事の同僚や、高校時代からの友人ともどもとわいわいやっておりました。かなり充実した3連休だったように思います。いや僕の私意ですが。
今日はGWのはざま。僕はてれてれと仕事をしております。
明日は法事。明後日、しあさっては友達と遊ぶ。それでまた仕事。間髪いれず友達と遊ぶ。
なんというか…
友達って大事ですねぇ。
いかに毎日をおもしろおかしく過ごせるかはそこにかかっている、といっても過言ではありますまい。
そこに彼女なり彼氏なりを混ぜることができれば素敵じゃないですか?
それとも女の子はみんなでわいわいよりも彼氏と二人きりというシチュエーションがいいんですかね?
まあいいや、そこらへんは永遠の課題としてとっておきます。
今日僕が言いたいのはそんな高尚、形而上の話ではなくて、実質的、マテリアル的な話です。
つまり、社会人って金がかかるなぁということです。
初任給なんか屁のツッパリ程度です。別に贅沢しているわけではないのですが、生活費全てを自分の給料から出すとなると厳しい家計になるのです。薄給です。
ああ座椅子が欲しいなぁ。
でも買って大丈夫か?
うん、まあ大丈夫だろう?
本当に?
う、うん。まあ。
急に同僚が結婚したらどうする?
あ、ああ。そのなんだ。
誰かが入院したら?
え、ええ。君それはその。
座椅子よりもっと要るものがあるんじゃないの?
む、むう。
む、むう。じゃないよ。
む、むう…。
という心の葛藤があるのです。で、結局買いません。
人のためにする買い物は気安いんですが、自分のための買い物となるといろいろ悩む年頃なんです。
それはね。
徳島人の半分が思いやりでできているからなんだよ。
あとの半分はエゴ。
ああ、これじゃ普通の人間ですね。
まあそんなこんなでピイピイ言っております。
ん?
いや大丈夫大丈夫、お金が無くても交際費はどばっと使いますんで。
そうでなくては楽しくない。ねぇ。